「17年ぶりの宣告」追放された「90年代歌王」ユ・スンジュンのヒット曲メドレー

ユ・スンジュンは90年代韓国最大のダンスソロ歌手でした。今は米国単一国籍だからスティーブン・ユで表記するのが正しいですけど、便宜上ここでもユ・スンジュンで書きます。
そんな彼が追放されたのは兵役逃れの問題です。今日なんと17年の法律争い大法院(最高裁判所)で「ビザ発給拒否は違法だ」と判決を下られました。

筋肉質の体つき、華麗なダンス、ネイティブ英語、ハンサムな顔。日本に比べば「平成初期のスター」みたいな感じですかねね?




簡単に説明すると、彼は米国・韓国の二重国籍者「だった」です。ドライに書けばユ・スンジュンはその限界年齢になって韓国国籍を放棄したものです。
何年前まで韓国は二重国籍を許してなかったです。生まれるからの二重国籍者の場合は24歳(確実ではありません)までどっちかの国籍を放棄すべきであります。
問題になったのはその過程に「韓国の男性なら兵役は当たり前のこと」と何度も述べてたこと、知人を保証人*にして米国に行ってから国籍を放棄したことなど多いですけど複雑だから深くは話しません。

*韓国では兵役を済ませなかった成人の男性は外国に行く時に(今は簡単ですけど)手続きが必要です。2006年からは24歳未満は免除。今も24歳以上で兵役未了の韓国男性アイドルは「兵務庁の許可を取って外国スケジュールをしてる」ことです。

ただ「兵役法まで改正されるほど歴史的な事件だった」ことだけ覚えておけばいいです。ここでは「歌手ユ・スンジュン」を紹介したみたいと思います。昔の画質の悪い動画ばかりだから気軽くプレイしてみなさい(笑)

兵役逃れで「全国民に悪いイメージ」になった後にも能力については「彼の舞台はすごかった」「ダンス歌手では今にも比べられる対象がない」と話す意見が多いからですよ。

1997年発表曲「Nightmare」この曲で大ブレイクしてスターとしてのキャリアを始めました。



これも超ヒット曲「熱情」。1999年発表曲です。

 

その時は私は子供だったからあまり記憶には残ってないですが今見ても目力、ダンス、舞台力すごいですね。「生まれつきの芸能人」っていう感じ。
高成長を続けてきた韓国が1997年IMF経済危機を迎え、大手企業の不渡りが毎日ニュースに出て、個人の自殺なんて記事に素材にもなれなかった時期の韓国人に彼の派手なダンスと舞台力に目を奪われて少しは憂いを忘れることができたことかね。

少しは画質よくなりましたね(笑) フィーチャリングのラッパーもいますね。2000年発表曲「찾길 바래探してほしい」

 

引退曲になってしまった2001年発表曲「Wow」。

1998年デビューしたSHINHWAとイ・ヒョリも今まで活動しるから、彼が兵役済ませて復帰してたら今も現役だったかも知らないですよ。



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